今日の産経新聞をご覧ください。
「謝謝(ありがとう)台湾」 感謝広告の募金に1800万円が集まり、日本政府が感謝広告を出さない代わりに国民有志が台湾紙「聯合報」と「自由時報」に掲載される見込みとなった。
詳しくはこのインタビュー記事もご参照ください。
平成24年4月から、ブログ「日本と台湾を考える集い」は新しいホームページhttp://tsudoi-jptw.jimdo.com/に移行しています。「集い」を含む関西の台湾関係行事等の情報は公式サイトをご覧下さい。
2011/04/25
2011/04/24
日本の写真展 ”Pray for Japan” (日常的な光景の先にあるもの)
この企画は「地球に残したぼくたちの足跡」の中で台湾一周自転車旅行を披露した関西在住の一人の青年が、震災後の日本の風景を観てもらおうと、このゴールデンウィークを利用して台湾で行うものです。この期間中、台湾に旅行に行かれる方はぜひお出かけください。
詳しくは、ブログ管理者までお問い合わせください。
目的は主に2つあります。
1つ目は、 日本の素晴らしさを改めて世界の人々に知ってもらいたい。
2つ目は、現在の日本がどうなっているのかを知ってもらいたい。
4月29日~5月3日 場所;屏東県竹田郷 竹田駅(池上一郎文庫)
5月5日~7日 場所;台北市忠孝東路四段98号 日本料理店 :火間土
なお、この企画の実現には、写真を提供くださった方々に加え、会場確保にご尽力くださった現地の多くの人の協力がありました。ここにお礼を申し上げます。
また、この企画の様子は次回の「集い」にて報告される予定です。
また、この企画の様子は次回の「集い」にて報告される予定です。
2011/04/22
日本の感謝広告の掲載に疑問
義捐金を下さった最大国が台湾であることを発言しない日本の外務大臣は日本人が持つ感謝の心を持っていないのではないだろうか?
やはり今の民主党政権は日本の政権では無いのかもしれない!
4月20日、山谷えり子参議院議員が「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」で質疑に立ち、感謝広告問題で台湾紙を掲げつつ、松本剛明(まつもと・たけあき)外務大臣に「なぜ142億円もの義捐金を集めている台湾の新聞に感謝広告を出さなかったのか」と舌鋒鋭く迫った。
一方、衛藤晟一(えとう・せいいち)参議院議員は昨日午前、外務省関係者を議員会館に呼び、経過を確認するとともに厳重抗議して改善を促した。そのことをホームページの「活動報告」に記している。
やはり今の民主党政権は日本の政権では無いのかもしれない!
4月20日、山谷えり子参議院議員が「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」で質疑に立ち、感謝広告問題で台湾紙を掲げつつ、松本剛明(まつもと・たけあき)外務大臣に「なぜ142億円もの義捐金を集めている台湾の新聞に感謝広告を出さなかったのか」と舌鋒鋭く迫った。
一方、衛藤晟一(えとう・せいいち)参議院議員は昨日午前、外務省関係者を議員会館に呼び、経過を確認するとともに厳重抗議して改善を促した。そのことをホームページの「活動報告」に記している。
2011/04/21
2011/04/19
台湾の義捐金が142億円に!
今日のメルマガ「台湾の声」の配信を転載します。
【小田村四郎会長】台湾の新聞に「感謝広告」を出すべき
政府は四月十一日、菅直人首相名で、今般の東日本大震災で支援を表明した百三十四の国と地域からアメリカ、イギリス、フランス、中国、韓国、ロシアの六カ国の一紙ずつと、国際英字紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」の七紙に各国共通の「感謝広告」を掲載した。
しかし報道によれば、広告掲載がなかった在外公館からは「『日本に感謝されていない』との誤ったメッセージを与える」との不満が漏れているという。
特に、広告掲載日の四月十一日には募金総額が百三十七億円にものぼり、広告掲載国の募金額をはるかに上回る世界一の募金額を集めている台湾の新聞に感謝広告を掲載しなかったことに対し、日本人からも不公平だとの声が挙がっていることを台湾紙が伝えている。
台湾の人々は感謝という見返りを求めて募金に応じたのではないだろう。日本と台湾の歴史に育まれた強く深い「絆」があってこその募金であり支援なのである。
交流協会台北事務所の今井正代表は四月十一日、馬英九総統、呉敦義・行政院長、楊進添・外交部長にそれぞれ書簡を送って菅首相から寄せられた公開書簡の内容を伝えるとともに、同日、台北事務所において記者会見を開いて感謝の意を表してはいる。
しかし、感謝に十分ということはない。今からでも遅くはない。政府は世界一の募金額を集める台湾に最大限の謝意を表するため、台湾の新聞に「感謝広告」を出すべきである。
平成二十三年四月十八日
内閣総理大臣 菅 直人 殿
日本李登輝友の会 会長 小田村四郎
【小田村四郎会長】台湾の新聞に「感謝広告」を出すべき
政府は四月十一日、菅直人首相名で、今般の東日本大震災で支援を表明した百三十四の国と地域からアメリカ、イギリス、フランス、中国、韓国、ロシアの六カ国の一紙ずつと、国際英字紙「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」の七紙に各国共通の「感謝広告」を掲載した。
しかし報道によれば、広告掲載がなかった在外公館からは「『日本に感謝されていない』との誤ったメッセージを与える」との不満が漏れているという。
特に、広告掲載日の四月十一日には募金総額が百三十七億円にものぼり、広告掲載国の募金額をはるかに上回る世界一の募金額を集めている台湾の新聞に感謝広告を掲載しなかったことに対し、日本人からも不公平だとの声が挙がっていることを台湾紙が伝えている。
台湾の人々は感謝という見返りを求めて募金に応じたのではないだろう。日本と台湾の歴史に育まれた強く深い「絆」があってこその募金であり支援なのである。
交流協会台北事務所の今井正代表は四月十一日、馬英九総統、呉敦義・行政院長、楊進添・外交部長にそれぞれ書簡を送って菅首相から寄せられた公開書簡の内容を伝えるとともに、同日、台北事務所において記者会見を開いて感謝の意を表してはいる。
しかし、感謝に十分ということはない。今からでも遅くはない。政府は世界一の募金額を集める台湾に最大限の謝意を表するため、台湾の新聞に「感謝広告」を出すべきである。
平成二十三年四月十八日
内閣総理大臣 菅 直人 殿
日本李登輝友の会 会長 小田村四郎
2011/04/17
(訃報)根屋雅光さん
2011/04/10
日本台湾学集会・京都台湾語教室「観桜会」
4月9日(土)午後、台湾語教室の定例学習会に代え、恒例の観桜会を大阪城公園南西角・教育塔の前において開催しました。
教室生徒、「集い」事務局スタッフ及び京都・大阪在住台湾留学生、在阪企業に出張滞在中の台湾の会社員を迎え全体で30人を超える参加者により交流を深めました。
華山校長先生の挨拶で始まり、久保先生の台湾語の講義及び台湾語による歌の披露に加え、通りかかった台湾からの留学生、フィンランド、アメリカからの旅行者も飛び入り参加するなど、夕方まで楽しいひと時を過ごすとともに、2・3・4次会と延々と・・・
なお、第17回集い講師の西田忠幸さんも美味しい濁酒の差し入れとともに三重県からお越しくださいました。ありがとうございました。なお、次回の学習会は4/23(土)に行います。
2011/04/03
第17回集い 報告
4月2日(土)テーマは「台湾への誘い~日台の絆を確かめる」、45人が参加しました。
冒頭、石巻の知人から寄せられた311東北大震災による津波及び自衛隊による復旧・支援画像を紹介した後、江上副代表により犠牲者への黙祷を行いました。
続いて、日本を励ます台湾発の多くのメッセージ映像のうち4つが紹介されました。
また、台湾では100億円を超える義捐金が寄せられているこもも報告され、台湾が日本にとってなくてはならない友人であることを、改めて確認しました。
続いて、日本を励ます台湾発の多くのメッセージ映像のうち4つが紹介されました。
また、台湾では100億円を超える義捐金が寄せられているこもも報告され、台湾が日本にとってなくてはならない友人であることを、改めて確認しました。
今回のメニューは3つ
前半、台湾観光協会大阪事務所 からご提供いただいた『台湾ノスタルジア/懐かしい日本に出会う旅』のDVD(台湾交通部観光局09年制作30分)を上映しました。
台湾の建築家が台北賓館、新北投温泉博物館などの日本統治時代の建築物に加え、大渓老街などをマダム楊さんが紹介したもの。
続いて、事務局スタッフ・逢乃俊未知さんが、昨年8月台湾南部を訪れた映像記録「謝々高雄!-ある事務局員の旅の記録-」 を紹介し、台湾への旅情を感じました。
続いて、事務局スタッフ・逢乃俊未知さんが、昨年8月台湾南部を訪れた映像記録「謝々高雄!-ある事務局員の旅の記録-」 を紹介し、台湾への旅情を感じました。
後半は、三重県在住の西田忠幸さんによる「国境の南 もう一つの物語~SAYONALA竹田」と題したお話。
08年、台湾では「海角七号」が大ヒットしたが、このTVドラマの舞台も同じく屏東県で、客家の村にある竹田小学校。
西田さんの義母・水谷ユキさんが夫・政美氏が戦死したことを知らされた当時は28歳。ともに暮らしたのはたった2年。「もし、自分が帰還できないときでも結婚せず、自分を待っていてほしい」との夫の言葉を守り、単身で2人の子供を育てられた。
時は経ち、昭和46年10月三重県知事から正式に戦病死地点(旧地名)の通知を受け、その1973部隊の野戦病院が竹田小学校となっていること、また池上一郎博士に看取られたことが分かった。
昭和57年、ユキさんは西田さんご夫妻とともに当地を訪問し、夫の魂を弔うとともに校庭の土を持ち帰り墓に納めた。それ以降、同小学校を何度も訪問し、図書等の購入費に充てるため寄付され続けたことから「ユキ文庫」も設立され、当校との交流が深まった。
竹田村長・傅民雄氏は、水谷ユキさんを村民栄誉第一号として承認するとともに、「さよなら!竹田」という歌を環境音楽家・馬修連氏のCDに収録したとのこと。
これらのことは台湾の新聞等で報道され、さらに「さようなら!竹田」として東台伝藩股分有限公司により20話のドラマとして制作されることになったことが紹介された。
また、会場ではこの歌とユキさんが学校で詩吟を披露された音声に加え3月25日に竹田小学校で開催された震災への義捐金を拠出する子供たちの姿が竹田送暖傳愛日本の映像(Media playerで再生可能)により紹介された。
竹田村長・傅民雄氏は、水谷ユキさんを村民栄誉第一号として承認するとともに、「さよなら!竹田」という歌を環境音楽家・馬修連氏のCDに収録したとのこと。
これらのことは台湾の新聞等で報道され、さらに「さようなら!竹田」として東台伝藩股分有限公司により20話のドラマとして制作されることになったことが紹介された。
また、会場ではこの歌とユキさんが学校で詩吟を披露された音声に加え3月25日に竹田小学校で開催された震災への義捐金を拠出する子供たちの姿が竹田送暖傳愛日本の映像(Media playerで再生可能)により紹介された。
(お話される西田忠幸さん)
※参加者アンケートより
・地震の動画は私もいくつか見ました。台湾の方の日本に対する思いに感動です。逢乃さんの動画も前に訪問した場所がいくつも出てきて懐かしかったです。西田さんの話も素晴らしく、また機会があればもっとお聞きしたいです。(30代男性)
・東日本大震災に対して台湾の方たちの温かいメッセージ、多額の義捐金、竹田小学校の子供達が寄付をしてくれる様子を見てとても嬉しい気持ちになりました。本当に謝謝です。あと、台湾に根付く日本のノスタルジーを感じられて良かったと思います。(20代男性)
・今後、台湾鉄道一周の旅、先住民族について取り上げてほしい。(女性)
・統治初期における日本の方針及び予算等について光と影を。また大東亜戦争と台湾人兵士について取り上げてほしい。(60代男性)
・充実した時間を過ごした。深謝。屏東県というのは風の都か砂の都か?一度行ってみたい。裏方の方々のご努力に対してお礼を申し上げます。(70代男性)
・いつも有意義な内容で満足しています。小生も西田氏のお説の通り、台湾に出遭わなければ、人生観は変わったものだったと痛感しています。今回の震災復興にも李登輝総統のリネンを参考にします。(70代男性)
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